芸術館日記

1106-1.jpgいつもより冷え込む雨の日曜日の夕方。シアターパークに並んだポスターを背に登場したのは、小堀純さん(『プレイガイドジャーナル(ぷがじゃ)』編集を経て、現在、季刊『劇の宇宙』編集長)/笹目浩之さん(『ポスターハリスカンパニー』『現代演劇ポスター収集・収蔵・公開プロジェクト』代表)/串田和美(まつもと市民芸術館館長兼芸術監督)の3人。

寺山修司氏率いる「天井桟敷」との出会いをきっかけに、笹目氏は都内の飲食店を中心に演劇、ダンスなどの公演のポスターを貼り続け、それがこの『ジャパン・アヴァンギャルド』を含む、膨大なポスターコレクションの始まり。
その話を糸口に、小堀さんから当時の劇団事情や演劇を取り巻いていた状況、そしてもちろん当時から渦中にいて「アングラ」「小劇場演劇」の先鋒をきって演劇をつくっていた串田さんの証言など「そういえば…」「それは実は…」と話は転がり始めました。

横尾忠則氏、篠原「クマさん」勝之氏、及川正通氏…語られる名前はいまやデザイン界の巨匠たち。彼らが、舞台美術にもポスターにも関わっていた当時。「横尾さんが唐(十郎)さんの「状況劇場」の『ジョン・シルバー』につくったポスターは、凝りに凝って凝りすぎてしまって、とうとう芝居の最終日になってようやくできあがった。だからポスターに「唐十郎さん、デザインが遅くなったことをお許しください。横尾」という一文が入っている」という話には笑いをさそわれ、「『邪宗門』のポスターを林静一(イラストレーター。味覚糖『小梅ちゃん』シリーズなど)さんにお願いしようと思って、会う約束の喫茶店に行ったら、そこには林光(作曲家)さんが来てた。寺山さんなら僕にポスターを頼むかもしれないと思った」と言ってた」などという、今ではちょっと考えられないような顔ぶれ同士の勘違い対面もあったとか。
「天井桟敷」初期にポスターを依頼され、「自分より合うんじゃないか」と横尾忠則さんを紹介したのは、「つかこうへい劇団」や「こまつ座」のポスター、角川文庫の表紙などを手がける和田誠さんであったとか。その和田さんは他の公演では「作曲」に名前が入っていて、串田さんが言う「当時は芝居の中味も美術も衣裳も音楽も、どういう場所でどうやるかっていうのも含めて、みんなでつくっていたから、今のように誰かに発注して、その仕事をお任せっていうのはなかったなぁ。」という空気を感じたり。

「こうやって40年経った今でもポスターと共に語られるというのは、「天井桟敷」も「状況劇場」も「自由劇場」も、解散した今でも現役だといえるんだと思う」という小堀氏の言に応えるように「僕たち当事者は、自分の目の前の芝居に精一杯だったけど、こうして誰かがまとめてくださって初めて自分のやっていたことがわかるようなところがある。嬉しいのと、あらためて「そうだったのか」という気持ちがする」と串田さん。そして「ここで、額の中に展示されているポスターも、最初は例えばこのまつもと市民芸術館の1F のチケットカウンターに貼られていたものと同じようなものだったんです。いま上演されている芝居のポスターがまた40年後にこうして並べられることを願っている」という笹目さんの言葉でトークはしめくくられました。終了後のお客様たちはいつもより近くでじっとポスターに目を凝らして、何かを見つけようとしていらっしゃるようでした。

(長山)