2010年01月05日

いよいよ1月31日に、Noism1がやってきます。まつもと市民芸術館にはこれが二度目。日本初、ヨーロッパスタイルのプロフェショナル・ダンス・カンパニーとして、次々に発表する作品、企画はそのクリエイティビティの高さにおいて、日本のコンテンポラリー・ダンス界をトップランナーとしてリードし、常に大きな期待と注目を寄せられています。その創作の中心にいるのが、りゅーとぴ 新潟市民芸術文化会館の舞踊部門芸術監督である金森穣氏です。毎回毎回、まるで違ったタイプの作品を高いクオリティーで発信している氏に新作『Nameless Poison〜黒衣の僧』などについて聞きました。
りゅーとぴあ舞踊部門芸術監督・Noism芸術監督 金森穣(撮影:村井勇)

舞踊芸術の専門性、
身体性の本質を問い続ける
● “踊る”ということが、表現として多様化しています。そのなかで、金森さんが手がけるダンスは、まずダンサーに課している体力でありテクニックであり美しさが、どんなダンスカンパニーより突出している気がします。そのあたりへのお考えをおしえてください。
金森 我々が志す舞踊芸術の本質は身体にあります。それ故舞踊家には日々己の身体と向き合う環境と時間が必要です。我々Noismがこの国で唯一その環境を保証されている舞踊集団である時、そこに本質的な身体の質が宿る事は必然です。20世紀に模索された新たな舞踊表現として、様々な身体、いわゆる修練されていない身体が現れた事は時代の必然ですが、表現の自由が当然と成った今、我々は敢えて舞踊芸術の専門性を問い、劇場専属舞踊団の意義を、専門家集団の意義を社会に開示してゆきたいと思います。
● 金森作品は総合芸術としてのダンスを感じさせます。そして、その結果として“絵ごころ”ともいうべき魅せ方のすばらしさには特筆するべきものがあると思います。何かこだわりはお持ちですか。
金森 舞台芸術の本質は総合性です。そして舞台芸術が見せる為の行為である時、私はその行為をある現象であると捉えています。その非日常的現象を、身体エネルギーでもって生成させる事、そのエネルギーの生成方法の事を演出と呼ぶのでしょう。
●作品の要素として、金森さんはさまざまなアーティストとのコラボレーションを展開させていらっしゃいます。日ごろどのようにアンテナを張っていらっしゃるのでしょうか。また、コラボレーションを行う意味(ex.新たな観客が動員できる)のようなものを教えてください。
金森 コラボレーションは芸術家同士の出会いにこそ意義があります。お互いの知識/美意識/価値観を戦わせて共に創作する事は刺激的であり、1人では見出せない新たな何かをもたらしてくれます。それは演出振付家と舞踊家の出会いと同じです。長期的観客動員は作品の質によってのみ可能でしょう。
“演”出された“劇”的現象を創出する為に、
舞踊芸術を用いている
●「見世物小屋シリーズ」についてうかがいます。前作が人形劇、今回が人間劇というキーワードを掲げています。ダンス作品でこのようなキーワードが挙がってくるのは大変ユニークだと思います。この企画を立ち上げた経緯を教えてください。また、今、2作手がけたことで見えてきたものはありますか?
金森 自己表現としての舞踊ではなく、社会に繋がる表現であること。抽象的具象、現実的非現実、日常的非日常を生みだしたいと考え、舞踊的演劇作品を創りたいと考えました。(演劇的舞踊ではありません)

●「舞踊的演劇作品」というのは、興味深い言葉です。舞踊的演劇作品という世界において意識されている手法、またそのことによって描けるものの可能性の広がりについて違いがあるのでしょうか。
金森 身体エネルギーを用いてある現象を創出する事を演出と呼ぶ時、舞台芸術には総じて演劇性があると考えます。そういった意識から、舞踊家として演劇を取り込む=演劇的舞踊という発想ではなく、そもそも“演”出された“劇”的現象を創出する為に、舞踊芸術を用いていると考えています。そしてそう言った意識を持つ事により、舞踊と言う“ある前提”の様なものに寄りかかる事なく、極めて主体性を持って舞踊=身体表現と向き合う事が可能となるのではないかと、考えています。
●「Nameless Hands」「Nameless Poison」という流れの中で、他者とのコミュニケーションであり、それに起因する心の動きというものに対する金森さんの想いを感じますが、それはどんなものなのでしょうか?
金森 他者の想定、それは表現の本質とも言えるでしょう。その表現がどこの誰に向けられているのか、なぜ今その表現なのかといった事を意識する事は、今この時代になぜ劇場文化なのか、なぜ舞踊芸術なのかといった事と繋がってくる問題でしょう。そしてこの問題に対する答えを見出す為に、我々は他者を必要とし、そのコミュニケーションの中で起ち現れる現象が作品となると考えます。
●今回は、artburtの中嶋佑一さんとのコラボです。中嶋さんの作品に感じる魅力をどのように感じていらっしゃいますか。この作品へのイメージをどのように中嶋さんにお伝えされたのでしょうか。
金森 彼には登場人物のキャラクターを伝えました。その言葉から彼が自由に発想した衣裳を見た時、改めて彼の想像力の素晴らしさを感じ、モノの制作に対する真摯な姿勢に感動しました。彼は今作品に出てくる《恐るべき子供》そのものの様です。
新潟における劇場熱であり、
劇場文化の成熟による人間熱
● 金森さんが新潟にやってきてから、地元におけるダンス熱というのはどのように変化したと考えていますか。
金森 新潟に於けるダンス熱はNoismが来る前から新潟総踊りとしてあります。我々が目指すのは新潟における劇場熱であり、劇場文化の成熟による人間熱であります。
●Noismの“今”を、金森さんとしてはどのような評価ですか。
金森 最初の3年は地ならし。次の3年は体制構築。そして今やっとスタートに立った気がしています。これからの3年が劇場専属舞踊団Noismの真の歩みです。
● 金森さんにとって新潟で活動することのメリット、デメリットを教えてください。
金森 劇場専属舞踊団があるから新潟にいる。劇場専属舞踊団のメリット・デメリットは劇場内にあるのであって、地域にあるものではないです。劇場専属活動が保証されるならどんな僻地にでも行くでしょう。
舞台写真は新作『Nameless Poison〜黒衣の僧』(撮影/村井勇)







