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 8月14、15日、まつもと市民芸術館芸術監督の串田和美主演で、結城座 江戸糸あやつり人形芝居 平成のぞきからくり『破れ傘 長庵』が上演されます。

 『破れ傘 長庵』は、金のために次々と悪事を重ねていく医者、村井長庵を描いたピカレスク。郷里の家を妹おそよにゆずり、江戸麹町で医者を営んでいた長庵だったが、おそよと婿重兵衛は病気と年貢の為に田畑を手放さなければならなくなると、長庵は自らの口利きで、その娘お梅を五十両で吉原へ売ってしまう。だが長庵は金を持って郷里に帰ろうとする重兵衛を殺し金を奪い、その罪を長庵の家に傘を置き忘れていった浪人藤掛道十郎に負わせる。また、お梅が女中奉公に出ていると思い込んでいるおそよが「娘に会わせてくれ」とせがむと、手下の三次に殺させるのだ。

 「悪役は好きなんだよ。串田さんには悪役は似合わないですよって人に言われると、くそ〜って思うんだ。だって悪役って悪い顔してないと思わない? 普通はにこにこしていてね。だけど長庵は、素直な、悪に徹しているからかわいいんだよ。絶対悪役に見えない悪い奴いっぱいいるんだけど、それよりも地獄まで行ってやるなんて吠えていて面白いし、いさぎよいよね。ほかに正当に稼ぐ術があっても悪でかせがなければ気が済まない、そんな欲望ってあるのかもしれない。悪役は楽しいんだけど、本当のところはよく分からない。
 これは河竹黙阿弥の作品なんですよね。僕は比較すると鶴屋南北のほうが男っぽくて荒々しいから好きなんだけど、黙阿弥も幕末の、世の中がひっくり返ってしまうような安定しない時代の面白さがあるよね。いつどうなってしまうか分からない人生の面白さっていうかな」

 これを、江戸時代から380年余り続く、手板という操作板で糸あやつりする人形劇団、結城座の人形たちと共演するのか、異色で面白いのです。結城座は、古典も上演する一報、今をときめく旬の劇作家と作品づくりを行なっています。古典に留まらない姿勢は、串田監督の歌舞伎演出に込めた思いと通じるところがあるのではないでしょうか。

 「いやいや、結城座さんは、この人たちの方がずっと過激で、アンダーグラウンド出やいろんな人と付き合って、70年代のころから新しいことをやろうやろうとしてきた。そうじゃなければ生き延びられない宿命もあったのかもしれないけど。江戸時代の芝居町、猿若町の絵なんか見るとね、中村座のそばに結城座という劇場があるんです。にぎわっていたんですよ。文楽もそうだけど、人形の芝居が人気がある江戸時代の文化ってすごいよね。今でこそ子供のためのものと思ってしまうけど、大人のものというか、センスが研ぎすまされた人たちのものだったかもしれませんね」

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 2年前に東京のみで公演された『破れ傘 長庵』。この8月から大阪、仙台、北海道を回って松本にやってきます。

 「人形と共演すること自体に戸惑いはなかったんだけど、NHKで収録したのを見ると、下ばかり向いていて、こりゃいけねえと思ったね。僕は芝居を、いわゆる形で見せないようにしようというタイプの俳優なんだけど、どうもそうもいかないんだ。いくつかは形にしないといけないポイントもあって、相手が人形で表情変わらないから、僕のほうでそういうリアクションをする必要性がなんかありそうだなあって。たとえば、分かった、うんとうなづく。普段はうなずかなくてもそれが伝わればいいなって思うんだけど、人形は何もしなければものだから、心がないから、やっぱりうなづく時にうなずかないと、じっとしてたら使っていないことになってしまう。だからしゃべるときにも、振り返るとか、えっと言ったり、そういう表現する芝居をしないといけない。それが人形を相手にするときの面白さ、難しさかなあ。
 だけど、人形を動かしているのは人間だからね、僕の芝居のリズムとかに影響を受けてくるから面白いんだよね。僕は当初人形は神聖なものだと思っていたんだけど、あるときから、何をやってもいいというから、首を引っこ抜いたり、糸をこんがらがらせて困らせたり、ということをやっている。基本的にはお客さんは人形を見なきゃいけないんだろうけど、どっかでひゅっと使い手のほうに目線をやって、そっちに向かってしゃべるとか、叩いたりリアクションしてみようかなって。それが僕が人形たちに囲まれて芝居をするということの面白さにつながるといいですね。

 さらに串田監督が体験した“人形と芝居することの面白さ”についての話は続きます。

 「人形芝居の面白さって、錯覚することかな。お客さんは絶対人形だと思って見ているんだけど、そこに想像力で、人形と思いたくなくなる瞬間があるんだよね。使い古した靴を捨てるときに、ごめんよと思わずいってしまうような感情がわいたりするでしょ? そこにふっと空想の命が生まれてくるようなそういう物として人形って面白い。でも役というのはそういうものかもしれないよね。今回は長庵という役を自分の肉体を使って演じている、でもある時はメンコでやるかもしれないし、人形でやるかもしれない。人形を使うことで、演じるってなんだ、自分ってなんだって感じることがあるんだよね」
 
 最後に改めて、公演に向けてのメッセージを串田監督にもらいました。

 「悪人の話で荒唐無稽だけど、全く写真のように日常にあるリアリティーじゃなくて、およそそこからかけ離れたストーリーとしてもしょっちゅう起きないような出来事であったり、表現も写真やドキュメンタリーではない、距離のあるものだからこそ、演劇というものはかえって世の中の不思議さ面白さを表現できるんじゃないかな。だからこそ古典劇とかオペラのような非日常的な表現が必要であり、有効になってくると思う。そういう意味で、人間と人形のコラボレーションというのは、何か面白い発見をしてもらえるんじゃないかなって思います。生活からちょっと違う角度から自分たちを見直せるような。もちろんそればかりではなく、原点にかえって面白いんだ、わくわくするぞというものですよ」

 実はこの『破れ傘 長庵』、結城座としては、まつもと市民芸術館での公演をもって、封印するのだそうです。この機会に、ぜひともご覧いただければ幸いです。