原作:カルロ・コッローディ
台本:山元清多
作曲:萩 京子
演出:伊藤多恵
台本:山元清多
作曲:萩 京子
演出:伊藤多恵
【日時】 平成20年12月25日(木) 18:30開演(18:00開場)
【会場】 実験劇場
【チケット】 3,000円/ペア券5,000円(2枚) <全席指定・税込>
【チケット取扱い】 まつもと市民芸術館チケットカウンター まつもと市民芸術館チケットセンター(0263-33-2200)

ピノッキオは木の人形
ピノッキオはきの人形です。「いい子にしていたら人間のこどもになれる」といわれて、ピノッキオは人間になることを夢見るけれど、いい子でいることはなかなか大変です。「いい子」は勉強をしなくてはいけないし、約束は守らなくてはいけません。でも、ピノッキオはすぐに楽しいことに心を奪われてしまいます。
それは人間のこどもそのものです。「楽しいこと」や「遊び」は、とても大切なことです。もちろんこどもにとっても、そしておとなにとっても。「遊び」を失ってしまったら、世界は暗闇になってしまいます。「ピノッキオ」の物語は、こどもたちに「誘惑に負けない心を持ってほしい」、「勉強してりっぱな人になってほしい」という願いが込められていることは確かですが、こどもたちの「遊びたい」という気持ちを否定した物語ではありません。
世界中で長く読み継がれてきたのは、遊ぶことが大好きなピノッキオ、何度も失敗し、何度も反省する、そんなピノッキオの姿に、すべての子供たちが自分の姿を重ね合わせてきたからにちがいありません。「いいこにしていたら人間のこどもになれる」・・・原作者のコッローディは人間を肯定し、「善き人間をめざすことが世界を善くする」という考えに貫かれています。しかしわたしたちはいま、人間の愚かしさを自覚し、人間だけがすばらしいのだ、という考えから抜け出ていくことが必要だと考えます。
わたしたちがお届けするオペラ『ピノッキオ』では、物語の最後、ピノッキオは自分が木の人形であることをはっきりと自覚します。人間のこどもになれなくてもいい、と言います。旅をして、たくさんのことを知り、たくさんの経験をして、おじいさんと再会したピノッキオは、やさしさと強さをあわせ持ち、「ピノッキオ」という人形であることを誇りに思うようになる。そのことこそ、いま、わたしたちが世界中のこどもたちに伝えたいことなのです。
萩 京子

【会場】 実験劇場
【チケット】 3,000円/ペア券5,000円(2枚) <全席指定・税込>
【チケット取扱い】 まつもと市民芸術館チケットカウンター まつもと市民芸術館チケットセンター(0263-33-2200)

ピノッキオは木の人形
ピノッキオはきの人形です。「いい子にしていたら人間のこどもになれる」といわれて、ピノッキオは人間になることを夢見るけれど、いい子でいることはなかなか大変です。「いい子」は勉強をしなくてはいけないし、約束は守らなくてはいけません。でも、ピノッキオはすぐに楽しいことに心を奪われてしまいます。
それは人間のこどもそのものです。「楽しいこと」や「遊び」は、とても大切なことです。もちろんこどもにとっても、そしておとなにとっても。「遊び」を失ってしまったら、世界は暗闇になってしまいます。「ピノッキオ」の物語は、こどもたちに「誘惑に負けない心を持ってほしい」、「勉強してりっぱな人になってほしい」という願いが込められていることは確かですが、こどもたちの「遊びたい」という気持ちを否定した物語ではありません。
世界中で長く読み継がれてきたのは、遊ぶことが大好きなピノッキオ、何度も失敗し、何度も反省する、そんなピノッキオの姿に、すべての子供たちが自分の姿を重ね合わせてきたからにちがいありません。「いいこにしていたら人間のこどもになれる」・・・原作者のコッローディは人間を肯定し、「善き人間をめざすことが世界を善くする」という考えに貫かれています。しかしわたしたちはいま、人間の愚かしさを自覚し、人間だけがすばらしいのだ、という考えから抜け出ていくことが必要だと考えます。
わたしたちがお届けするオペラ『ピノッキオ』では、物語の最後、ピノッキオは自分が木の人形であることをはっきりと自覚します。人間のこどもになれなくてもいい、と言います。旅をして、たくさんのことを知り、たくさんの経験をして、おじいさんと再会したピノッキオは、やさしさと強さをあわせ持ち、「ピノッキオ」という人形であることを誇りに思うようになる。そのことこそ、いま、わたしたちが世界中のこどもたちに伝えたいことなのです。
萩 京子








