美術館って、どんなとこ?
みなさんは、年に何回くらい、美術館を訪れますか?「だいたい月に1回、年に10回は行くわね。」という方は、そんなに多くないのでは?
「正直、奥さんに連れられて、年に1回、行くか行かないか…」という方、普通かもしれません。
美術館は、どうしたって「敷居が高い」と思われています。
美術についての知識がなければ面白くない、絵の見方なんて分からない、なんだか行くだけで緊張する、などなど。
私の職場である安曇野ちひろ美術館では、できるだけこの「敷居」をとっぱらおうと、いろいろと試行錯誤をしています。私のボスである松本猛(安曇野ちひろ美術館館長・長野県信濃美術館館長)の著書『ぼくが安曇野ちひろ美術館をつくったわけ』の章立てを見るだけでも、その考えの一端が見えてきます。
「絵は見なくてもいい」「昼寝のできる美術館」「おいしかったと思える美術館」etc…
敷居をとっぱらう企画のひとつに、美術館と松川村社会福祉協議会の共催で行う「安曇野寄席」があります。
この「安曇野寄席」は、村民や近隣市町村の方々を対象に行っていますが、松川村内の一人暮らしのお年寄りやデイサービス利用者は、社協の福祉バスが送迎してくれます。村のお年寄りが、美術館を訪れる機会として定着してきました。
「美術館で寄席をやるのだ!」とボスが言ったとき、正直、私は「え?寄席?美術館で?」と思ったのも事実です。しかし、昨年秋、5回目の「安曇野寄席」の終演後、「来年も生きてたら、ぜったい見に来るでね。来年もまた来てくれや!」と、噺家の手を握って離さない常連のおばあちゃんの様子を見て、確信しました。
美術館は、こういう場でいいんだ。こうあるべきなのかも。と。
近所に住んでいても、美術館に来たことがない、なかなか来られない、というお年寄りが、美術館で落語を聞いて、笑って、楽しんで、家に帰る。
美術館に居たそのひととき、心が満ちる。
人生の、ほんの一瞬かもしれないけれど、豊かな時間をすごす。
それが大切なのかもしれません。
美術館は、生活必需品じゃないけど、人生必需品。
そう思ってもらえるように、今日もまた、お昼寝用の寝椅子に枕を並べながら、美術館でお客様をお迎えします。
写真:安曇野寄席にて 2004年
美術についての知識がなければ面白くない、絵の見方なんて分からない、なんだか行くだけで緊張する、などなど。
私の職場である安曇野ちひろ美術館では、できるだけこの「敷居」をとっぱらおうと、いろいろと試行錯誤をしています。私のボスである松本猛(安曇野ちひろ美術館館長・長野県信濃美術館館長)の著書『ぼくが安曇野ちひろ美術館をつくったわけ』の章立てを見るだけでも、その考えの一端が見えてきます。
「絵は見なくてもいい」「昼寝のできる美術館」「おいしかったと思える美術館」etc…
敷居をとっぱらう企画のひとつに、美術館と松川村社会福祉協議会の共催で行う「安曇野寄席」があります。
この「安曇野寄席」は、村民や近隣市町村の方々を対象に行っていますが、松川村内の一人暮らしのお年寄りやデイサービス利用者は、社協の福祉バスが送迎してくれます。村のお年寄りが、美術館を訪れる機会として定着してきました。
「美術館で寄席をやるのだ!」とボスが言ったとき、正直、私は「え?寄席?美術館で?」と思ったのも事実です。しかし、昨年秋、5回目の「安曇野寄席」の終演後、「来年も生きてたら、ぜったい見に来るでね。来年もまた来てくれや!」と、噺家の手を握って離さない常連のおばあちゃんの様子を見て、確信しました。
美術館は、こういう場でいいんだ。こうあるべきなのかも。と。
近所に住んでいても、美術館に来たことがない、なかなか来られない、というお年寄りが、美術館で落語を聞いて、笑って、楽しんで、家に帰る。
美術館に居たそのひととき、心が満ちる。
人生の、ほんの一瞬かもしれないけれど、豊かな時間をすごす。
それが大切なのかもしれません。
美術館は、生活必需品じゃないけど、人生必需品。
そう思ってもらえるように、今日もまた、お昼寝用の寝椅子に枕を並べながら、美術館でお客様をお迎えします。
写真:安曇野寄席にて 2004年


