オリジナルの響き
ヴィーンを訪れる人はたいていマリア・テレジア像を挟んで向かい合わせに建っている美術史美術館か自然史博物館には足を運ぶだろう。しかしリング通りの反対側にあるホーフブルク(王宮)にある楽器博物館を訪れる人は意外に少ないのではなかろうか。音楽好きの方にはお薦めのミュージアムである。
そこには中世から現代までの楽器が時代別に展示されているが、いくつかの楽器は修復後に音が録音されている。入り口で忘れずに入場料に込み込みのオーディオガイドも借りよう。楽器に添えられているナンバーを押すとその楽器による音色が聴けるという趣向である。さすがに世界の楽都、珍しい楽器の「オリジナルな音」のコレクションも楽しい。ドイツでの体験だが、アイゼナッハにあるバッハ生家の一階ホールにもバッハ時代の珍しいオルガンやクラヴィコードなどが展示されている。そして、そこでは学芸員が毎日何度も解説を交えながら、それらの楽器を実際に演奏してくれるのである。古いパイプオルガンの操作が面白くて長時間も粘って観察していたら、学芸員はなんと私にパイプへ空気を送るふいごを動かすヒモを引っ張らせたのである。思いがけずもバッハのオルガンの音を自ら再現したのである。
さてヴィーンにはもう一箇所貴重な楽器コレクションを所蔵しているところがある。ヴィーンフィルの本拠地ムジークフェラインである。03年春、その楽器コレクションの修復後はじめての、その楽器を用いた本格的なコンサートを幸運にも聴くことができた。ハイドンの友人ヴァルターが作ったハンマークラヴィーア(ピアノの原型)でハイドンを弾く、モーツァルトと交友のあったシュタインの息子が作ったハンマークラヴィーアでベートーヴェンを弾く、など、堪らないプログラムであった。
古楽器は単に博物館で大切に死蔵するのではなく、弾かなくてはだめだ。楽器は18世紀終わりから大きく改良が加えられ楽器の持つ可能性が飛躍的に拡大されたが、それは同時に当時の響きを失ったことにもなる。古楽器の演奏を聴くことは「音響による音楽史」なのである。これが資料室長オットー・ビーバ氏の企画意図であった。まつもと芸術館ででもいつかこんな古楽器によるコンサートが楽しめたらいいなあ。
もう一つ、有名なベートーヴェンの「ハイリゲンシュタットの遺書の家」での楽しい想い出もある。04年だったと思うが、クリスマスイヴの夕方、友人と訪れたが、アンラッキー、いつもより早くに閉館していた。ところが、外でがっかりしている私たちに気づいた係のおばさんがドアを再び開けて中へ入れてくれたのである。そこにはベートーヴェンの活躍当時のピアノが展示されているが、普段はプラスチックで鍵盤を覆ってあり、もちろん触れることはできない。しかし特別な日の最後の来館者ということで、彼女はプラスチックを外して「よろしかったら弾いてごらんなさい」と言ってくれるではないか。ではではと、ベートーヴェン・サウンドで「きよしこの夜」を弾きはじめると、彼女は顔を輝かせて、予想外(?)の澄みきった声で歌い始めた。忘れることのできない三人だけのクリスマスイヴ・コンサートだった。楽器は弾くためにあるという原点を忘れてはいけないだろう。
写真:ベートーヴェンの「ハイリゲンシュタットの遺書の家」にて


