アマチュアって何?
あれこれ議論されるテーマですね。プロと違って仕事を抱えるかたわらに音楽に携わっている私たち、自分でいうのはなんですがどこまで甘えが許されるのでしょうね。ミューズの神は大変慈悲深いので多少の手抜きには目をつぶっていただいているようです。
日本でクラシックに携わるプロの生活は一部の方々を除いては恵まれていないのを尻目に街の旦那様・奥方様・お嬢様・お坊ちゃまは何と自由に音楽を楽しんでいることでしょう。演奏のレベルに関わりなく都会の1000人収容のホールであれば義理の人・家族を含めて満員が大方です。果たしてこれが本当の意味で音楽の底辺の拡大に貢献しているのでしょうか?暗譜なしで楽譜にかじりついた演奏も時には耳にします。聴く方に伝わる音楽とは少なくとも甘えの結果ではあってはなりませんね。
中世ドイツには自らの職業を持ちながらもレベルの高い音楽を実現できたといわれる「マイスタージンガー」の存在がアマチュアの可能性を示しています。恐らく各自が相当の問題意識と音楽に対する敬愛と畏怖をもって取り組んだ結果ではないかと思います。指導者や周りに左右されることなく「この演奏方法で良いのだろうか?」とか楽譜に記されていない隠れたリズムや表情、言葉の強弱などに日頃から注目することは誰にでも出来ます。
曲に対する自分なりのポリシーは初見では難しいにしても練習を重ねるごとに見えてくる筈です。そのような諸々を集合した先にアマチュアでも可能なレベルの高い音楽の実現が可能になるのではと信じます。条件は揃っています。松本を「日本の楽都」にしたいですね。
中世ドイツには自らの職業を持ちながらもレベルの高い音楽を実現できたといわれる「マイスタージンガー」の存在がアマチュアの可能性を示しています。恐らく各自が相当の問題意識と音楽に対する敬愛と畏怖をもって取り組んだ結果ではないかと思います。指導者や周りに左右されることなく「この演奏方法で良いのだろうか?」とか楽譜に記されていない隠れたリズムや表情、言葉の強弱などに日頃から注目することは誰にでも出来ます。
曲に対する自分なりのポリシーは初見では難しいにしても練習を重ねるごとに見えてくる筈です。そのような諸々を集合した先にアマチュアでも可能なレベルの高い音楽の実現が可能になるのではと信じます。条件は揃っています。松本を「日本の楽都」にしたいですね。


