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ああ、私のフランツ!

音楽家や研究者にとり、「オリジナルな音」だけでなく、作曲家の「オリジナルの自筆譜」を読むということも重要である。出版譜は当然ながら読みやすく演奏しやすいが、そこには既に「だれかの解釈」が入っているわけで、時にはとんでもない書き込みがなされている版もある。それが尊重すべき解釈を含んでいて実際の演奏に有益なこともあるけれど。でも誰にも邪魔されていない作曲家自身が表現したかった音楽を受け止めるには「できたてホヤホヤ」をそのまま保存した自筆譜に限る。



ここ10年ほどヴィーン市立図書館(分館)所蔵のフランツ・シューベルト自筆譜を見つづけている。ごわっとした紙質のオリジナル譜を初めて手にした時、「ああ、私のフランツ!」と思わず頬ずりしたかったほどだ。もちろんそんなことをすれば監視カメラで閲覧室を見張っている司書がすっ飛んでくること間違いない。ぐっと我慢したものの、それより「貴重な自筆譜はケースのガラス越しに眺めるもの」と思いこんでいたので、このように異邦人にも直に触れさせてくれる寛容さには感激する。
そこは「図書館」分館とはいえ、かつての貴族の瀟洒なフラットを転用しており、一部インテリアもそのままに、ゆったりと楽譜と向き合える空間になっている。顔なじみとなったヴィーン大の女子学生はPCも持ち込み「生の資料」で作曲家と対話しながら、楽しそうに博士論文を執筆していた。古楽器と同様に、損傷する可能性さえある楽譜でさえ活用しなければ意味がない、文化財はみんなの共有財産である、という文化行政の理念が羨ましい。それにつけても、「保存が第一」「庶民には簡単には利用させないぞ」という姿勢のどこかの国は・・・と愚痴りたくなる。
シューベルトの自筆譜を一枚一枚めくっていくうちに、「天才はカフェでメランジュ飲みながらさらさらと傑作を書き上げる」という乙女チックなイメージは跡形もなく消え去り、人間シューベルトは最初の楽想だって練りに練るし、「即興曲」ですら何度か書き直すこともある。直筆のペン先をなぞれば、筆圧から作曲の行き詰まりや高揚感も感じ取れる気がするし、シミを見つけると、涙だ!とすら思えてくるし、コピーやファクシミリ版とは違うオーラのようなものすらひしひしと伝わってくる感がする。ここはこう弾くんだよ、こう唄ってほしいんだよ、とフランツが語りかけてくれ、時間の経つのを忘れる。こんな自筆譜の楽しみ方も公開講座でぜひ紹介したい。
写真1:ベートヴェンの墓
写真2:シューベルトの墓
写真3:二人の墓(ベートーヴェンの傍で眠りにつきたいと願った彼の願い通りに)。ここまではいずれもヴィーン中央墓地にある。
写真4:「ピアノソナタ 変ロ長調 D960」の自筆譜。
プロフィール
船津恵美子(ふなつ・えみこ)
桐朋学園大学音楽学部卒、同助手、愛知県立芸術大学講師などを経て、インド古典音楽を学ぶため3年間インド留学。またヴィーンにて市立図書館所蔵のシューベルトの自筆譜の研究に従事。現在信州大学非常勤講師。「まつもとオープンカレッジ」の講師として、オペラ講座や連続講座「モーツアルトの楽しみ方」を担当。
バックナンバー
- ヴィーンへのお誘い2007/05/16
- ヴィーンを歩く2007/05/23
- オリジナルの響き2007/05/30
- ああ、私のフランツ!2007/06/06