既成概念を壊す
―― 今回の『ティンゲル・グリム』は、宇野亜喜良さん、クラリネット奏者の大熊ワタルさん、高泉淳子さんと、本当にさまざまな方々がいらっしゃいますね。
串田 うん。みんな本当に面白いよ。いろいろな感性が集まると、ひとつのことも多面的に見えてくる。
僕は、創るときにいろいろな感性や考え方の人が同時にいて、最後にそこから第三の感覚が生まれてくるというのが一番好きなんだ。どうしても演劇って、演出家が頭の中でプランニングしたものを、みんなが探りながら従うっていう作り方が多いけど、どうもちょっと違うような気がする。ぎりぎりまで全然矛盾するいろいろな感性が共存することによって、その人のものでもない、でも、みんなのものが、ヒュッとできあがる。そういうのが好きなんだ。
串田 うん。みんな本当に面白いよ。いろいろな感性が集まると、ひとつのことも多面的に見えてくる。
僕は、創るときにいろいろな感性や考え方の人が同時にいて、最後にそこから第三の感覚が生まれてくるというのが一番好きなんだ。どうしても演劇って、演出家が頭の中でプランニングしたものを、みんなが探りながら従うっていう作り方が多いけど、どうもちょっと違うような気がする。ぎりぎりまで全然矛盾するいろいろな感性が共存することによって、その人のものでもない、でも、みんなのものが、ヒュッとできあがる。そういうのが好きなんだ。
―― 串田さんの創り方はいつも「ジャムセッションみたいだな」と感じるんですね。串田さんが題材を提出すると、みんながそういう方向でわーっとやって、いろいろなものが生まれてくるという感じですね。
串田 もちろん僕もサジェスチョンすることはたくさんあるよ。ただ、それは、既成概念で、こうしなきゃいけないと思い込んでしまっているようなときに、もっと自由になっていいという意味で提案するんだ。
―― 串田さんは「劇場」に対しても、自由な発想を持ってますね。
串田 そうそう。劇場ってこういうもんだってみんな思っちゃってると思うんだ。でも、演劇が行われる空間というのは、いろいろな種類があるんだ。今、たくさんある「文化会館」のような劇場は、ある時期に考えられた、合理的な劇場かもしれないけど、時代とともに演劇のあり方もどんどん動いている。劇場だけが止まっているように思う。
いろんなところでいろんな形の芝居があっていいと思う。場所も、どこがいいかは作品によって決めればいいと思うんだ。広場だとか、空き地とか、廃墟とか、「こんなところで、こんな演劇が生まれるんだ」というものが、もっともっとあってもいいんじゃないかな。
―― ちなみに今回はにしすがも創造舎(元中学校体育館)と、まつもと市民芸術館の小ホールですが?
串田 そう。それぞれ空間がずいぶん違うんだよね。まつもとの方は、にしすがもをただ再現するのは難しいからね。本当はシアターパークでできるといいんだけど(笑)。
―― 僕が最初に観た串田さんのお芝居は『VOYAGE~船上の謝肉祭~』なんです。あの時は劇場全体が幕で囲ってあって、2階のお客さんは窓のところから覗き観るような感じになっている。「なんだこれは!」って、驚きました。松本の人は、やっぱり「コーカサス」が一番印象的だったのではないでしょうか。ああいう円形の中で。
串田 休憩時間は舞台の上でワイン飲んで、そのまま二幕目が始まっちゃってね。あんな風に劇場の中にまた新たな劇空間をデザインすることもできる。いい劇場というのは、ただ便利な機構があるというだけではなく、いろんな表現の可能性を持っている。そういう意味で、まつもと市民芸術館は、まだまだいろんな可能性を見つけられる場所だと思う。
―― 宇野さんがしきりに「グリムの森」って言ってましたけど。
串田 ふふふ。なんだろう。宇野さんがどんな劇空間を提供してくれるか、僕も楽しみにしてるんだ。宇野さんは、僕よりもずっとたくさん芝居を観てる。それも「え、宇野さんそんなのも観てるの?」っていう、歌舞伎から新劇、小劇場まで、何でも観てるんだ。すごいことだよ。
宇野さんには、コクーン歌舞伎のポスターや、舞台美術の一部を手伝ってもらったことは、何度もあるんだけど、今回のように、企画の段階からがっぷり組むのは初めてなんだ。僕もいろいろ影響を受けたいと思っているけど、宇野さんにも刺激を与えて、新しい宇野亜喜良の世界が生まれたら嬉しいな。あの人も、いつもどん欲に刺激を求めている人だからね。
(つづきます)
串田 もちろん僕もサジェスチョンすることはたくさんあるよ。ただ、それは、既成概念で、こうしなきゃいけないと思い込んでしまっているようなときに、もっと自由になっていいという意味で提案するんだ。
―― 串田さんは「劇場」に対しても、自由な発想を持ってますね。
串田 そうそう。劇場ってこういうもんだってみんな思っちゃってると思うんだ。でも、演劇が行われる空間というのは、いろいろな種類があるんだ。今、たくさんある「文化会館」のような劇場は、ある時期に考えられた、合理的な劇場かもしれないけど、時代とともに演劇のあり方もどんどん動いている。劇場だけが止まっているように思う。
いろんなところでいろんな形の芝居があっていいと思う。場所も、どこがいいかは作品によって決めればいいと思うんだ。広場だとか、空き地とか、廃墟とか、「こんなところで、こんな演劇が生まれるんだ」というものが、もっともっとあってもいいんじゃないかな。
―― ちなみに今回はにしすがも創造舎(元中学校体育館)と、まつもと市民芸術館の小ホールですが?
串田 そう。それぞれ空間がずいぶん違うんだよね。まつもとの方は、にしすがもをただ再現するのは難しいからね。本当はシアターパークでできるといいんだけど(笑)。
―― 僕が最初に観た串田さんのお芝居は『VOYAGE~船上の謝肉祭~』なんです。あの時は劇場全体が幕で囲ってあって、2階のお客さんは窓のところから覗き観るような感じになっている。「なんだこれは!」って、驚きました。松本の人は、やっぱり「コーカサス」が一番印象的だったのではないでしょうか。ああいう円形の中で。
串田 休憩時間は舞台の上でワイン飲んで、そのまま二幕目が始まっちゃってね。あんな風に劇場の中にまた新たな劇空間をデザインすることもできる。いい劇場というのは、ただ便利な機構があるというだけではなく、いろんな表現の可能性を持っている。そういう意味で、まつもと市民芸術館は、まだまだいろんな可能性を見つけられる場所だと思う。
―― 宇野さんがしきりに「グリムの森」って言ってましたけど。
串田 ふふふ。なんだろう。宇野さんがどんな劇空間を提供してくれるか、僕も楽しみにしてるんだ。宇野さんは、僕よりもずっとたくさん芝居を観てる。それも「え、宇野さんそんなのも観てるの?」っていう、歌舞伎から新劇、小劇場まで、何でも観てるんだ。すごいことだよ。
宇野さんには、コクーン歌舞伎のポスターや、舞台美術の一部を手伝ってもらったことは、何度もあるんだけど、今回のように、企画の段階からがっぷり組むのは初めてなんだ。僕もいろいろ影響を受けたいと思っているけど、宇野さんにも刺激を与えて、新しい宇野亜喜良の世界が生まれたら嬉しいな。あの人も、いつもどん欲に刺激を求めている人だからね。
(つづきます)


