PC
2007年9月末日。僕は友人に、「次は、どんな新しい事が起こるの?」と聞かれて、答えに困ってしまった。
次は何?と聞く彼女に悪気があるわけではなく、質問自体も複雑なものじゃない。でも、それは一言で答えがいえるようなものではなく、それなりの解説みたいなものが必要で、僕にはその時そんなことを話す根気がなかったんです。
でもそれが少し気掛かりで、その後その説明の「し難さ」みたいなものについて、すこし考えてみたので、その事をここに書いてみようと思います。
僕は主に舞台照明を中心に、アート・パフォーマンスとか、ただの「パフォーマンス」とか、この頃はあまり聞かないけれど、マルチメディア・パフォーマンスとか呼ばれるタイプの、舞台作品制作に関わっています。
そういうのがそんなふうに呼ばれ出した1980年代半ばの日本では、演劇でもダンスでもコンサートでもなく伝統芸能でもないから「パフォーマンス」で、舞台の要素として、スライドとかフィルムとかビデオプロジェクターなどで、映像を他の要素に加えて使っているから、「マルチメディア・パフォーマンス」でした。
つまりこの頃、そういう既成のカテゴリーをはみ出したり横断したりする作品がまた新たに生み出され、その多くが「映像」を、人や音なんかと一緒に舞台上で使い出していたのでした。
そこには、あるモノが大きく関わっています。
そう、80年代後半から今に至るまで、ヒトの暮らしに大変革を起こしているあるモノが生まれ、そしていまだに発達を続けているのです。
それは、パーソナル・コンピューターです。
今では、パソコンとかPCとか呼ばれてます。「パソ」ってパーソナルだったんだ、何て言う人のほうが、もう多いのかもしれませんが、この「パーソナル」が、大事だったんですね。
これが付かない「コンピューター」は、もっと前から、正確には第2次世界大戦中に、戦争のために現実化され開発が続けられ、それから着実な進歩を遂げていました。でもそれは、いうなれば工場の中の複雑な仕事をこなす、専門の機械みたいなものだったんです。
そういうのがそんなふうに呼ばれ出した1980年代半ばの日本では、演劇でもダンスでもコンサートでもなく伝統芸能でもないから「パフォーマンス」で、舞台の要素として、スライドとかフィルムとかビデオプロジェクターなどで、映像を他の要素に加えて使っているから、「マルチメディア・パフォーマンス」でした。
つまりこの頃、そういう既成のカテゴリーをはみ出したり横断したりする作品がまた新たに生み出され、その多くが「映像」を、人や音なんかと一緒に舞台上で使い出していたのでした。
そこには、あるモノが大きく関わっています。
そう、80年代後半から今に至るまで、ヒトの暮らしに大変革を起こしているあるモノが生まれ、そしていまだに発達を続けているのです。
それは、パーソナル・コンピューターです。
今では、パソコンとかPCとか呼ばれてます。「パソ」ってパーソナルだったんだ、何て言う人のほうが、もう多いのかもしれませんが、この「パーソナル」が、大事だったんですね。
これが付かない「コンピューター」は、もっと前から、正確には第2次世界大戦中に、戦争のために現実化され開発が続けられ、それから着実な進歩を遂げていました。でもそれは、いうなれば工場の中の複雑な仕事をこなす、専門の機械みたいなものだったんです。


