communication
では次に、デジタルにすると何の得があるんでしょう?答えは、デジタルの構造にあります。「何か」と、それではない「別の何か」の2つの要素しかないモノの積み重ねで全てを表すということは、非常に「明確な」わけです。
例えばそれを伝達する場合。何かが光るか暗闇か、音がするかなにも聞こえないか、それ以外の事は気にしなくていい。僕たちの普段の会話を考えると分かりやすいのですが、「言葉」は非常に複雑な複数の要素によって成り立っています。例えば日本語の「HASHI」という単純な音の組み合わせでさえ、そのイントネーションの違いで「端」や「箸」や「橋」の意味に変化する。デジタルには、そういう「揺れている」部分はないわけです。それが良いか悪いかは今は考えない事にして、とにかくそれは「はっきり」している。誰かに何かを明確に伝達する時には、この特性はたいへん有利です。何しろ間違いようがない、あるかないかの2つにひとつの判断だけで、内容が決まって行くんですから。
それをもう少し拡張して考えると、デジタルの記録つまりデータは、たいへんに写しやすいという事がわかってきます。伝言ゲームを思い出してみて下さい。複雑な事象を人伝てにつたえていくと、いつの間にかそれは変形してしまう。でも、声を出すか黙っているかの組み合わせを、確実に伝える事ができる分量だけ発話するのは、どう考えたって間違いようがないでしょう。その集積で何かが伝わるのなら、そこにはただひたすら実直なまでの生真面目さだけが求められる。無限の(退屈な)時間の中で、とにかく「表」か「裏」か、「有る」か「無い」かだけをコピーしていけば、オリジナルとまったく同じものが出来上がります。そして、その単純作業を、永遠とも思えるような、でもヒトにしたら一瞬の時間の中でこなす事が、コンピューターにとっては、もっとも得意な作業といえるでしょう。
それをもう少し拡張して考えると、デジタルの記録つまりデータは、たいへんに写しやすいという事がわかってきます。伝言ゲームを思い出してみて下さい。複雑な事象を人伝てにつたえていくと、いつの間にかそれは変形してしまう。でも、声を出すか黙っているかの組み合わせを、確実に伝える事ができる分量だけ発話するのは、どう考えたって間違いようがないでしょう。その集積で何かが伝わるのなら、そこにはただひたすら実直なまでの生真面目さだけが求められる。無限の(退屈な)時間の中で、とにかく「表」か「裏」か、「有る」か「無い」かだけをコピーしていけば、オリジナルとまったく同じものが出来上がります。そして、その単純作業を、永遠とも思えるような、でもヒトにしたら一瞬の時間の中でこなす事が、コンピューターにとっては、もっとも得意な作業といえるでしょう。


