development
さて、この莫大な0と1の集積は、コンピューターにとっては何の意味もありません。PCは演算を際限なく繰り返しているだけです。いま僕がこの文字を書いているMacの中でも、新幹線のひとつおいた隣の席に座っているおじさんのWindowsの中でも、起こっている事は間違いなく同じ2進数の計算です。そしてその計算にいろいろな形を与えるのがアプリケーション・ソフトで、その中でもコンピューターの操作の仕方に関してデザインされ、操作する人とPCの内部を繋いでいるのがオペレーティング・システム(OS)です。
80年代末からのコンピューターの進化は、この(アプリケーション)ソフトとハード(ウェア)という両輪の、爆発的な開発競争でした。
これはしかし「コンピューター」という計算機械の能力だけを高めていくというふうには進みません。なぜなら、世界の事象の一部を2値に切り刻み、それらを元に計算した結果を、再度2値から何かの形にして出してこそ、人に解る価値/意味があるからです。
つまり、情報をデジタル化して取り込み、そしてデジタルデータを人の認識できる形に再現する機器の進化があってこそ、PCは意味を持つ。その中身には、入口と出口が別に必要なわけです。そしてそれらのハードの進化に答えるように、ふたたびPCソフトが変化し、そしてそこからまた新しくデジタル化の対象が選ばれてくるという繰り返しです。
その一端を確実に担ったのが、ビデオカメラです。1989年には有名な「パスポートサイズ」のハンディカムが、ソニーから発売されました。これはまだ、映像データはデジタル化されていたわけではないのですが、音声は既にデジタル処理されていました。
音声のデジタル化は、既に一般的なフォーマットがその10年前からあったんですね。つまりCDです。79年にはフォ-マットが決められ、82年には発売が開始されていて、その盤面にはレーザー光線をデッキの受光部にちゃんと反射させるかさせないかの仕掛けがあって、その2値でデータを記録してあります。そして95年には、ビクターがパーソナル・デジタル・ビデオカメラを発売します。
今や世界は、次々と2値のデータに翻訳されて、デジタルの海に取り込まれていきました。そしてある時PCは、かつて世界に存在しなかったものを吐き出し始めます。
これはしかし「コンピューター」という計算機械の能力だけを高めていくというふうには進みません。なぜなら、世界の事象の一部を2値に切り刻み、それらを元に計算した結果を、再度2値から何かの形にして出してこそ、人に解る価値/意味があるからです。
つまり、情報をデジタル化して取り込み、そしてデジタルデータを人の認識できる形に再現する機器の進化があってこそ、PCは意味を持つ。その中身には、入口と出口が別に必要なわけです。そしてそれらのハードの進化に答えるように、ふたたびPCソフトが変化し、そしてそこからまた新しくデジタル化の対象が選ばれてくるという繰り返しです。
その一端を確実に担ったのが、ビデオカメラです。1989年には有名な「パスポートサイズ」のハンディカムが、ソニーから発売されました。これはまだ、映像データはデジタル化されていたわけではないのですが、音声は既にデジタル処理されていました。
音声のデジタル化は、既に一般的なフォーマットがその10年前からあったんですね。つまりCDです。79年にはフォ-マットが決められ、82年には発売が開始されていて、その盤面にはレーザー光線をデッキの受光部にちゃんと反射させるかさせないかの仕掛けがあって、その2値でデータを記録してあります。そして95年には、ビクターがパーソナル・デジタル・ビデオカメラを発売します。
今や世界は、次々と2値のデータに翻訳されて、デジタルの海に取り込まれていきました。そしてある時PCは、かつて世界に存在しなかったものを吐き出し始めます。


