総監督メッセージ

まつもと市民芸術館総監督
心を動かされて着任した芸術監督(1)

まつもと市民芸術館総監督・串田和美

今年の夏は歴史的とも言える異様な暑さが続いている。僕の子供の頃は30度を超えたら大騒ぎになったが、今年は6月中からほとんど40度に近い高温になる地域もあり、熱中症による死者が相次いでいる。コロナももう3年目の半ばを過ぎたが、感染者がまた増え出したようで不気味だ。ロシアが隣国ウクライナに攻め入り、21世紀の新たな世界大戦に発展する可能性が高まっている。大自然の大きな力が、この愚かな人類に戒めを与えようとしているのだろうか?それでもまだ止まらない矛盾に満ちた欲望を抱えて、誰かさん達は世界を繰ろうとし、そこから遠いつもりの島国の主権者達はヘラヘラそれにへつらっているのが国策だと嘯いている。

僕たち松本の劇団TCアルプは今年メンバーが13人になり、いま7月30日、31日に上演するオムニバスボードビル『バッタの夕食会』の稽古に励んでいる。そしてまつもと市民芸術館の芸術監督としての僕の役割は今年度いっぱいで終わる。

僕が「まつもと市民芸術館」の館長兼芸術監督というものに就任したのは、芸術館がオープンする1年と4ヶ月前、2003年の4月。僕は1996年に、それまで務めていた東急文化村のシアターコクーンの芸術監督の役割を終え、自分が30年間続けてきた「オンシアター自由劇場」という劇団活動にも幕を下ろした。自分が生まれ育った東京という大都市でこのまま演劇活動を続けることに、漠然とした絶望感のようなものを抱き、2年ほどロンドンを中心に海外を放浪したり、その先の活動のあり方を模索している中で、僕の心の中でしきりに“地方都市”という曖昧な概念が囁いていた。そして実際に北海道や、関東地方のいくつかの地方都市で公演をしたり、そこでの活動の可能性を考えたりした。この松本にも大した当てもなく訪れたこともある。

そして2002年の年末だったか、松本市に生まれる新しい文化施設・劇場ができるのでそこの館長兼芸術監督を引き受けてほしいと、その準備委員会から話があった。その時は別の都市での公演などがあったので、すぐには承諾できず、翌年の冬に松本の建設現場を訪れた。雨混じりのベチャベチャした雪が降っていた。果たして現場に辿り着くと、そこには巨大な軍艦の様な、要塞のようなものがそびえていた。それを見上げた最初の思いは、「これは無理だ。自分の仕事ではない。」というものだった。準備委員会の人たちや市役所の係の人たちは、熱心に僕を説得した。僕の心が動いたのは、東京から離れた地方都市文化の可能性と同時に、この松本というまちが持っている柔らかな活気、人懐っこさというのか、とにかくこっちの好奇心をかき立てる“何か”を感じたからだったと思う。
但し、もし芸術監督という役割を誰かに任命するのなら、開館1年前というのはあまりにも性急すぎると思う。東急文化村のシアターコクーンの場合はオープンの3年前に芸術監督の役割を依頼された。そしてその目的、運営方針、どういう演劇をどういうコンセプトで創るべきかなど、あらゆることを建築家達も交え議論を重ねた。そして結果的には4年後の夏の終わりに全館オープンしたのだ。その開場記念の公演の準備には半年以上かかった。つまり初代芸術監督にはそういう役割もあるのだ。そこを曖昧にすると必ず後から設計上の問題や、経営上の問題が起きる。その時になってから時間を引き戻すことはできない。僕は館長兼芸術監督として既に進んでしまっている多くのことを引き受け、その先のことを考えなければならなかった。

そして市民による大きな反対運動が起きていることを知る。その市民芸術館建設反対の理由を聞けば、もっともだと納得すべき要素も充分あると思えた。しかし市民の反対理由は人それぞれ随分バラバラで正当な一つの目的があるようには思えなかった。運動というものはそういうものなのかもしれない。そして彼らの時間も引き戻すことはできなかった。僕の就任1年後2004年3月に市長選があり現職市長は落選し、建設反対派の市民が推した新市長が誕生した。僕は前市長と交わした新市民芸術館の基本方針やそのための条件を再確認したが、もちろん全てが受け入れられたわけではなかった。むしろ肝心な多くのものが削られたのだなと気づくのにも随分時間がかかった。(次号に続く)

[幕があがる。61号より]

プロフィール

芸術監督・串田和美

串田和美 くしだ・かずよし

1942年8月6日生まれ。俳優、演出家、舞台美術家。まつもと市民芸術館総監督。当館を拠点に活動するTCアルプ座長。

1966年、斎藤憐、吉田日出子らとともに劇団自由劇場を結成(後にオンシアター自由劇場と改名)。代表作である『上海バンスキング』『もっと泣いてよフラッパー』など数々の作品で人気を集める。1985年~96年まで東京渋谷のBunkamuraシアターコクーン初代芸術監督を務める。2003年4月、まつもと市民芸術館館長兼芸術監督に就任(2021年4月から総監督)。
主な作品に『コーカサスの白墨の輪』『幽霊はここにいる』『グリム・グリム・グリム』『西の国の人気者』『ネコの星』、串田和美+白井晃プロジェクト『ヒステリア』『ジャックとその主人』『ピランデッロのヘンリー四世』『エドワード・ボンドのリア』、5年がかりで手掛けた『K.ファウスト』など。また、2008年に『夏祭浪花鑑』、2010年に『佐倉義民傳』で平成中村座、2012年に『天日坊』と、市民を巻き込んだ一大イベント、「信州・まつもと大歌舞伎」を開催。2011年からはサイトウ・キネン・フェスティバル松本との共同制作『兵士の物語』に出演、北京および上海公演にも参加(2013年再演)。2011年11月にはサーカスと音楽と演劇を散りばめた『空中キャバレー』を演出し、大好評を得る。
2011年はNHK朝の連続テレビ小説「おひさま」に出演し話題を呼んだ。2007年に第14回読売演劇大賞最優秀演出賞受賞、2008年4月に紫綬褒章受章。