芸術監督あいさつ

まつもと市民芸術館芸術監督
《めぐる想い》

芸術監督・串田和美

みなさんいかがお過ごしですか?
近年の歴史の中で人類が経験したことのない恐ろしい事態が、今私たちを支配しています。
とてつもなく長い地球の歴史の中で、私たち人類はいくつもの危機を乗り越えてきました。そしてその度に少しずつ賢くなり知恵をつけてきました。
しかし同時にその知恵は目の前の便利さや、歯止めの効かなくなった欲望を追い求めるあまり、手に入れたはずの大切な教訓を、私たちはともすれば忘れてきました。
今回のコロナ感染で私たちが多分初めて経験しなければならない苦難は、人々が寄り添うことを許されないということでしょう。私たちは災難が訪れた時いつも寄り添いながら、互いを励まし助けあってきました。それが自然界の中で決して強い力を持っているわけではない人類が生き延びてきた大きな力の源でした。 その力の源を取り戻すために、今私たちのできることはこうやって互いに距離を取り、感染が少しでも広がらないように努力することなのでしょう。
そうであるならば、この理不尽に与えられた孤独な時間の中で、私たちは大切な隣人や実は深く繋がっていた他者、遠い国の同じように苦しんでいる人々に想いを馳せ、豊かな心で共存していくことを願い、その術を探さなければなりません。

「まつもと市民芸術館」は人々が集い、寄り添い、様々なライブパフォーミングアートを楽しみ、想いをめぐらせ、本来の人々の生き方、他者との出会いや共存を感じあう公共の施設です。そうでありながら今、私たちはこの施設を臨時閉館しなければなりません。その期間がどのくらい続くのか定かではありません。この間、皆さんにお届けする企画を必死の思いで準備してきた人たち、それを楽しみに待っていた方々の熱い思いに心が痛みます。今私たちにできることは祈ることしかないのかもしれません。祈って何になるとも思いますが、ハタと考えます。元来私たちが多くの観客、鑑賞者たちと共有してきた芸術文化、ライブパフォーマンスというものは、祈りのようなものなのかもしれないと。「今こそ芸術文化の力が必要だ!」と多くの人々が言い出しています。その通りです。ではなぜ芸術文化が必要なのでしょう?
人類は病や害敵や災害に打ち勝ち、火を手に入れ、畑を耕し、少しでも快適に生きるために科学的な力を手に入れてきました。この科学の力は人類に新たな生命の意味を指し示しているのかも知れません。しかし、例えば私たちが上空の雲を眺める時、大気の中の湿度や温度、気流のことばかり考えるわけではありません。雲を眺めながらある時は思い出にふけったり、理由のわからない心の高ぶりを感じたり、生きる意味を考えたりします。そしてその感慨を誰かと共有したいと思ったりします。それがもう一つの生きる力の源なのだと思います。芸術というものはそのことを私たちに差し示すものなのでしょう。
ですから、私たちが手に入れた科学的力が大きくなればなるほど、それに見合う芸術的な感性というのか、最も人間らしい心の力を備えなければならないのだと思います。
そう考えると、このコロナに打ち勝つのは科学的医学の力だけではなく、まして政治の力ではなく、私たちの祈りに似た芸術文化の力なのだと改めて思います。
先の見えない日々ですが、私たち「まつもと市民芸術館」のスタッフと表現者たちは新たな道のりを探し、きっともうじき訪れる明日、元気に皆様にお会いすることをお約束します。

(続く)

このホームページに投稿するのは随分久しぶりになってしまいました。ひどく反省しています。これからは度々芸術監督としての《めぐる想い》をお届けすることをお約束します。

プロフィール

芸術監督・串田和美

串田和美 くしだ・かずよし

1942年8月6日生まれ。俳優、演出家、舞台美術家。まつもと市民芸術館芸術監督。当館を拠点に活動するTCアルプ座長。

1966年、斎藤憐、吉田日出子らとともに劇団自由劇場を結成(後にオンシアター自由劇場と改名)。代表作である『上海バンスキング』『もっと泣いてよフラッパー』など数々の作品で人気を集める。1985年~96年まで東京渋谷のBunkamuraシアターコクーン初代芸術監督を務める。2003年4月、まつもと市民芸術館館長兼芸術監督に就任(現在は芸術監督)。
主な作品に『コーカサスの白墨の輪』『幽霊はここにいる』『グリム・グリム・グリム』『西の国の人気者』『ネコの星』、串田和美+白井晃プロジェクト『ヒステリア』『ジャックとその主人』『ピランデッロのヘンリー四世』『エドワード・ボンドのリア』、5年がかりで手掛けた『K.ファウスト』など。また、2008年に『夏祭浪花鑑』、2010年に『佐倉義民傳』で平成中村座、2012年に『天日坊』と、市民を巻き込んだ一大イベント、「信州・まつもと大歌舞伎」を開催。2011年からはサイトウ・キネン・フェスティバル松本との共同制作『兵士の物語』に出演、北京および上海公演にも参加(2013年再演)。2011年11月にはサーカスと音楽と演劇を散りばめた『空中キャバレー』を演出し、大好評を得る。
2011年はNHK朝の連続テレビ小説「おひさま」に出演し話題を呼んだ。2007年に第14回読売演劇大賞最優秀演出賞受賞、2008年4月に紫綬褒章受章。